2009年10月24日

足利事件再審

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宝戒寺の参道、萩に覆われてます  Photo by atom


今日の朝日新聞に「司法はみづからの過ちを裁け」という社説が載っていた。

 「司法はみづからの過ちを裁け」  朝日新聞 2009年10月23日 

 身に覚えのない犯行をなぜ」「自白」してしまったのか。捜査官はどうやって誘導したのか。裁判官はそのことになぜ気付かなかったのか。
 この答えを、宇都宮地裁で始まった足利事件の再審裁判は国民の前にはっきりと示さなければならない。
 誰もがいつ同じ目にあうかもしれないし、逆に裁判員として冤罪をつくる側になってしまうかもしれない。だから、ぜひとも知りたいのだ。
 19年前、4歳の女児が殺害された現場の周辺では、それ以前にも女児が殺される事件があり、いずれも未解決だった。
足利事件も発生から1年半がたち、警察には焦りがあった。そこへ飛び込んできたのが、目をつけていた菅家利和さんの体液のDNA型と、被害者の着衣に付いていた体液のそれとが一致したという警察庁科学警察研究所の鑑定結果だった。
 DNA型鑑定は捜査に導入されたばかりで精度が低かった。それにもかかわらず鑑定結果が絶対のものであるかのように、
警察官も検察宮も菅家さんを追いつめて「自白」をさせ、逮捕、起訴した。
 しかも菅家さんが真実を語ろうとしたときに、検察官が再び「自白」を強く迫った。残された録音テープをもとに弁護側はそう主張する。菅家さんは法廷でも、一審の途中まで犯行を認め続けてしまった。菅家さんの「自白」に犯人しか知らない「秘密の暴露」はなかったし、供述内容と現場の状況とが矛盾する点もあった。過去の誤判でも、しばしば鑑定結果への過信が原因だった。なぜ疑問を抱き、中立の機関による再鑑定をしなかったのか。
 鑑定結果自体が誤っていた可能性もある。それを、うその自白で塗り固めたのが足利事件だったのではないか。
 一昨日始まつた再審億、無期懲役判決の根拠となった科警研のDNA型鑑定を検証するため、専門家の証人尋問をすることを決めた。検察側にテープの提出も命じた。
 それだけでなく当時の捜査官らを証人尋問し、DNA型鑑定と「自白」の過程を解明する必要がある。法廷でのテープの再生も欠かせない。
 
検察だけでなく、裁判所も一審から最高裁まで誤りを犯した。弁護も十分でない点があった。誤判の原因を徹底的に解明し対策を講じなければ、司法への国民の信頼をつなぎとめることはできないだろう。
 いわれのない罪での勾留・服役か17年半ぶりに釈放された菅家さんは再審の法廷で「真実を明らかにし、私の納得のいく無罪判決を」と述べた。
 冤罪史の教訓がいつまでたっても生かされない。刑事司法の欠陥を正すための手掛かりを提供できるかどうか。それがこの再審裁判にかかる。


とこのように社説では述べている。編集者は、おそらくこれでもおとなしく書いたのであろう。
 もし、私が書くことになれば、こんなにおとなしくかけない。

 警察の捜査官(尋問者)及び検察の尋問者の暴力である。権力のパワーハラスメントである。いや完全な犯罪である。警察内部で起きた容疑者への犯罪である。
 そのことを司法が考えなければならない。公安が考えなければならない。

 そうしなければ、今後とも「自白の強要」は無くならないであろう。

 過去の冤罪、冤罪が疑わしい事件を洗う、特別な捜査部署が必要である。そしてそこから浮き上がった事実・証拠を元に、捜査官・検察を告訴しなければならない。

 私は死刑制度に反対の立場をとるつもりはないが、これだけ事実が曲げられている事件を見るにつけて、死刑制度はしばらく延期させる必要があると思う。また、証拠も厳重に保管されなければならない。

 時効ももっと長くする。50年から100年に延ばす。

 そして、司法は、警察・検察に違法性があった場合、またはその疑いがある場合、違法な取調べ状況があった場合、自白を証拠能力がないものとみなさなければならない。

 再度、古い証拠に新しい科学鑑識で調べることが重要である。

そんなことを私は思うのである。
 
posted by 帰ってきたイカルス at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 警察・司法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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